妻への思いやりには”準備”が必要。”セルフコンパッション”という準備が。
妻との関係改善は難易度の高いクライエントの攻略に似ている。クライエントが望むものはなんなのか?どうすれば提供できるのか?数多ある競合から自分が選ばれる理由はなにか?それを考えることは妻との関係改善に近いものがある。
妻が望むものは何なのか?妻を取り囲む市場環境(夫との関係性、世間の夫婦像に対する変化、妻の知り合いの夫婦関係など)はどう変化しているのか?そこに対する自分の打ち手は何なのか?それらを徹底的に考える必要がある。
その後はフィックスさせた打ち手を打っていくわけだが、最も難しいステージはここだ。心が折れることなく手を打ち続けていく。ビジネスならばチームメンバーがおり、励まし合いながら上を目指すことができる。だが、夫婦関係はそうはいかない。支えてくれるチームメンバーは自分で作らねばならないのだ。
前回書いたように、妻との関係改善においては心が折れないためのチーム作りが欠かせない。僕のような相談者、カップルセラピーを行える心理士(意外と数が少ない)、友人、同僚、家族親戚など。
話を聴いてくれる人に片っ端から声をかけ、多角的なアドバイス、精神的安定、自身の感情や願望の発見を促していくのだ。
だが、一人で悩みに立ち向かわざるを得ない時もあるだろう。あなたのそばに友人や家族が常にいてくれるわけではないからだ。家に帰れば妻は氷のように冷たい事務的なコミュニケーションしかしてくれない。もしくは妻が出ていった家で一人きりの時間を
過ごさなければいけない。
そんな時、どうすれば孤独な夜をやり過ごすことができるのか?
そのためのヒントがセルフコンパッションだ。
コンパッションとは?
セルフコンパッションを語るには、まずコンパッションについて学ばなければいけない。コンパッションは日本語では「慈悲」や「思いやり」と訳され、近年、心理学会のみならず、ビジネス界においても浸透し始めている新しい心理概念だ。
語源はギリシャ語にあり、com(ともに)とpati(苦しむ)が合わさり、compassionになったと言われている。
コンパッションは、ギリシア語が由来で、comという接頭語である「ともに」と、patiという「苦しむ」(patientは患者の意味で、その関連語)から派生しています。 この2つを合わせて、compassionは、「ともに苦しむ」という意味になります。
ともに苦しむこと。
コンパッションの本来に意味はまさにそこある。ダライ・ラマ14世のコンパッションの定義がわかりやすい。
”自分や他者が苦しんでいることに気づき、それを積極的に和らげようとすること”
また、僕が受けたコンパッショネイト・マインド・トレーニングにおいて、講師の石村先生(東京成徳大学大学院 准教授)はコンパッションを二つに分割して説明した。
一つは「苦しみや悲しみに向き合うこと」、二つ目は「苦しみを取り除こうとする姿勢」のこと。
ここまで聴いてなんだか胡散臭いと感じた人もいるかもしれない。それもそのはず、コンパッションは東洋思想、特に仏教思想から始まっているのだ。 Googleでも社内ワークとして取り上げられ話題となったマインドフルネスも仏教の瞑想が元ネタだ。さらにいうと、マインドフルネスはコンパッションの概念の一つでもある。
東洋で生まれた概念が西側文化を通り抜ける渦中で宗教的要素が抜かれ、進化心理学や脳科学といった科学的エビデンスが付加されたコンパッションという概念となって、再び東洋に戻ってきたのだ。
コンパッションはイギリスの行動・認知療法学会の元学会長であるポール・ギルバート氏が「コンパッション・フォーカスト・セラピー」として体系化し、イギリスを中心に世界で広まりつつある。おそらく、向こう10年間で日本でも徐々に広がってくると思われる。
ポール・ギルバート教授:https://en.wikipedia.org/wiki/Paul_Gilbert_%28psychologist%29
行動・認知行動療法学会の元会長が開発者であることからも、コンパッション・フォーカスト・セラピー(以後はCFTと略す)は認知行動療法(以下CBTと略す)の流れを汲んでいる。だが、決定的に違う点がある。
CBTはうつ病の治療理論としてアメリカの精神科医アーロン・ベック(国際認知療法学会の名誉会長)によって構築された。「現代心理学会の巨匠」とも呼ばれる彼が作り上げたこの心理療法は、うつ病、不安障害、強迫性障害、PTSDなど、多くの心理的問題に対する世界標準的な治療法となっている。うつで苦しんでいる僕の知り合いも、CBTの治療を受け回復に向かっている。
アーロン・ベック教授:https://www.verywellmind.com/aaron-beck-biography-2795492
人はなにか辛い出来事が起こると、それに対してなんらかの認知、つまり思考をする。(自分が弱いからだ。自分が悪いからだ)などといったネガティブな思考におちいりやすくなる。その思考がうつに代表されるネガティブな感情を引き起こす。
であるならば、そのネガティブ感情を引き起こしている認知(思考)を変えてしまえばいい。認知の歪みを修正することで、うつになってしまった感情をポジテイブな方向へとシフトチェンジする。認知行動療法ではそういったアプローチを取る。
私たちは、自分が置かれている状況を絶えず主観的に判断し続けています。これは、通常は適応的に行われているのですが、強いストレスを受けている時やうつ状態に陥っている時など、特別な状況下ではそうした認知に歪みが生じてきます。その結果、抑うつ感や不安感が強まり、非適応的な行動が強まり、さらに認知の歪みが引き起こされるようになります。 悲観的になりすぎず、かといって楽観的にもなりすぎず、地に足のついた現実的でしなやかな考え方をして、いま現在の問題に対処していけるように手助けします。
認知行動療法では、自動思考と呼ばれる、気持ちが大きく動揺したりつらくなったりした時に患者の頭に浮かんでいた考えに目を向けて、それがどの程度、現実と食い違っているかを検証し、思考のバランスをとっていきます。
具体的な治療手順は以下の通り。
①患者さんを一人の人間として理解し、その人の悩みや問題点、強みや長所を洗い出して治療方針を立て、それを患者さんと共有して力を合わせながら面接を進めていきます。
②行動的技法を使って生活のリズムをつけていきます。毎日の生活を振り返って無理のない形で、(a)日常的に行う決まった活動、(b)優先的に行う必要のある活動、(c)楽しめる活動ややりがいのある活動を、優先順位をつけて行っていく行動活性化という方法があります。とくに、楽しめる活動ややりがいのある活動を増やしていくことは効果的です。また、一定の身体活動や運動を用いて自信やコントロール感覚を取りもどし、他の人との関わり体験を持てるようにしていったり、問題解決技法を使って症状に影響していると考えられる問題を解決していき、適応力を高めていくようにします。
僕の身の回りでも職場で適応障害に苦しんでいた方が、長期休暇を取り、ガーデニングにハマることでメンタルを改善させていった事例がある。好きな活動を通して自信をつけ、他者との関わりの難しさを解きほぐしていくのだ。
話をCFTに戻そう。
CBTとCFTの決定的な違いは何か?それはセルフコンパッションを含んでいること。そして、僕ら東洋人には馴染みやすい仏教的な要素があることだ。
コンパッションはcompati(共に苦しむ)が語源だ。その名の通り、コンパッションには「苦悩に立ち向かおうとする前向きな姿勢」が多分に含まれている。
苦しみや悲しみに目を背けず向き合うこと、そしてその苦しみを取り除こうとすること。心の弱った人にはややハードな作業だと思われるかもしれない。確かにコンパッションには強さが必要とされる。自分の苦しみに立ち向かう強さが。
だが、大丈夫。
そのためにセルフコンパッション(自分への慈悲)があるのだから。
CFTでは自己と他者への慈悲の感情を磨き上げていく。その過程の中で、人は自己批判や恥の感情から解放され、感情コントロールとメンタルの安定を実現させていくのだ。
CFTの生みの親ポール・ギルバート教授の論文では、コンパッショネイト・マインド・トレーニング(以下CMTと略す)を受けたうつ病患者の驚くべき変化が描かれている。
ワークには人格障害や慢性気分障害に苦しんでいると診断された6名が参加した。多くの人が深刻な自傷行為をしており、全員が幼少期から感情的な困難を抱え、幼少期に身体的・性的虐待を受けたり、ひどいネグレクトを受けたりした経験があると述べており、女性のうち4人はパートナーと虐待関係にあった。
参加者は全員、過去にさまざまな心理療法や薬物療法を受けており、CBTによってある程度の進歩を遂げていたが、強い羞恥心と自己批判との闘いは続いている状態だった。
彼らは週に一回のコンパッショネイト・マインド・トレーニング(以下、CMTと略す)を12週間受けた。その結果、なんと参加者全員の抑うつ感や不安感が軽減したのだ。下図の左側が抑うつ感(Anxiety)、右側が不安感(Depression)。
https://self-compassion.org/wp-content/uploads/publications/Gilbert.Procter.pdf
また、多くの参加者は、自己批判が減少し、自己解決的思考が増加した。下図の左側が自己批判(Self criticism)、右側が自己への思いやり(Self compassion)。特に自己への思いやりは異常値とも呼べるほど上昇している。
https://self-compassion.org/wp-content/uploads/publications/Gilbert.Procter.pdf
また、劣等感も薄れ、外見に対する羞恥心も軽減した。
https://self-compassion.org/wp-content/uploads/publications/Gilbert.Procter.pdf
自分自身を大切にできるようになったことで自己主張が可能となり、服従的な行動(Submissive Behaviour)の減少にもつながった。その結果、孤独感が薄まったと報告する被験者もいたという。
https://self-compassion.org/wp-content/uploads/publications/Gilbert.Procter.pdf
このグループワークの終了後、5人の患者は入院プログラムから退院する準備ができたと感じられるようになり、何年も働いていなかった1人は人間関係の改善に加えフルタイムの仕事に就き、1人は自発的に仕事を探すようになった。2人の患者は一人暮らしをしており、生活にうまく対処しているという。
参加者の中には、「革命的な経験」であったと感じている人もおり、自分が自分自身に対してどれほど敵意を抱いているのか、内なる情熱や受容がどのようなものであるのか、まったく気づかなかったという。多くの参加者は、それまで自分を慈しんだり、なだめたりしたことがなく、他者になだめられたり、他者から安全で守られていると感じたりした記憶がほとんどなかったと述べている。
参加者の1人がグループワーク後にシェアした次の言葉がとても印象的だった。
1. 他人を思いやるばかりで、自分を思いやることがなかった。
2. それ(コンパッション)はいつもそこにあるもので、ただそれを自分に向けて使う方法を知らなかっただけなのだと、突然気づいた。
3. 自分自身に対して罪悪感や嫌悪感を抱くことなく、このように感じてもいいのだとわかったことは、とても美しくて落ち着く感覚だった。
4. おびえて混乱しているときに、このこと(コンパッショントレーニング)を思い出して自分を落ち着かせ、物事を前向きにとらえ、『こんなふうに感じてもいいんだ』と自分に言い聞かせることができた。
コンパッションはおのれの苦悩に共感し、自己を思いやることがベースにあるため、人によってはそれは「弱さ」であり認めるべきではないと感じる人もいる。彼らもそうだった。
一方でCBT(認知行動療法)は合理的(認知の歪みを修正するという概念は確かに合理的であり、論理的に理解しやすい)であり、成熟した大人として自己をコントロールし、努力を匂わせるものであるため、受け入れやすかったという。
CMTは自己の苦悩を受け入れ、同調し、心のあたたかさを養うことに重点を置いており、その点ではCBTと大きく異なるため、参加者の多くは危険に感じていたそうだ。
だが、ワークが終わってみれば、6名の参加者の誰もがうつ状態を軽減させることに成功したのだ。(実際には9名の参加者のうち3名が離脱している。過度な動揺や生活上の問題が原因)
また、ある研究(Lucre, K. M., & Corten, N. (2013))では、境界性パーソナリティ障害患者に対してCFT(コンパッション・フォーカスト・セラピー)が感情調整能力を向上させ、自己批判の減少と関連していることも明らかになっている。
別の研究(Kirby, J. N. (2016))では、CFTが愛着スタイルの改善に寄与する可能性があると示されている。特に不安定な愛着スタイルを持つ人がセルフコンパッションを増強することで、愛着の問題を軽減する効果があるとのこと。
このように、コンパッションを心理療法に取り入れたCFTは、精神的にダメージを受けた人々を救う可能性をおおいに含んでいる。それは、妻との関係を改善しようと真っ暗な洞窟の中をさまよっている人々にとっても救いとなるはずだ。
では、自分に対するコンパッション、セルフコンパッションとはなんなのか。詳しく見ていこう。
セルフコンパッションとは?
セルフコンパッション(self-compassion)とは、自分自身に対して思いやりや慈悲の心を持つことを指す。困難や失敗に直面したときに、自分を批判するのではなく、優しく接し、自己肯定感を高めるための心理的な技法だ。セルフコンパッションは、テキサス大学オースティン校の教育心理学の准教授 クリスティン・ネフ博士によって提唱された。
コンパッションには三つの流れがあり、他者から自分へのコンパッション、自分から他者へのコンパッション、そして最後がセルフコンパッションと呼ばれる「自分から自分へのコンパッション」だ。
セルフコンパッションは3つの要素から構成されている。
1. 自分への優しさ(Self-Kindness):自分が失敗したり困難に直面したときに、自分を厳しく批判するのではなく、親しい友人に対するように優しく接すること。
これはわかりやすいと思う。人は失敗した時に自分を責めがちだ。「こんなことができない自分はなんでダメなやつだ」と自分自身を責めたり、「自分はなんてことをしてしまったんだ……。」と自分の行動を責める。
自分自身を責める感情は「恥の感情」と呼ばれ、自分の行動を責める感情は罪悪感と呼ばれる。「恥」と「罪悪感」はセルフコンパッションにおいてとても重要な感情だ。人はこれらの感情に底なし沼に沈むようにズブズブと沈み込んでいく。
恥や罪悪感を感じない人はいない。誰もが感じているにも関わらず見ないふりをしたり、認めることを拒否しているのだ。だが、自分の中にある恥や罪悪感を認め、受け入れ、それを言葉にして誰かに伝えることで底なし沼から抜け出すことができる。
恥ずかしさや罪悪感を感じた時に自分を責めるのではなく、親友に接するようにそれらの感情を優しく受け止めてあげよう。
2. 共通の人間性(Common Humanity):自分だけが困難を経験しているのではなく、誰もが同じような困難や失敗を経験することを認識すること。これにより、孤独感や疎外感を和らげることができる。
これは少し理解が難しい。僕もかなり時間がかかった。簡単にいうなら「誰もが同じような苦しみを感じている。あなただけじゃないよ。だから大丈夫だからね」といった包み込むような優しさのことだ。「大変な思いしてるのはお前だけじゃないんだから甘えんなよ」といった突き放した考えではない。
辛い思いをしているのはあなただけじゃない。僕もそうなんだ。君の知っているあの人もあの人も、みんなが同じような苦しみを抱いて日々を生きている。そう、君は一人じゃない。僕らはともにある。この世界の中で僕と君はつながってるんだ。
そう誰かに言われたらどんなに救われることか。そう思わないだろうか?共通の人間性とはこういった思想を指している。どうだろう、希望に溢れていると思えないだろうか?孤独感と疎外感が薄れていく感覚を覚えるはずだ。
僕が体験したコンパッショネイト・マインド・トレーニングの中では毎回瞑想があり、最終回の近くではこんな瞑想があった。
参加者が今自分がいる家から空へと浮かび上がり、街の上へ、日本の上へ、そして地球の上へとゆっくりと浮かび上がっていく。気がつけば、他のメンバーもそこにはいて(10人程度のメンバーが同時受講していた)、皆で手をつなぎ地球を見下ろしている。
地球上では飢餓に苦しみ人もいれば、戦争に苦しめられている人もいる。また僕らのように夫婦の葛藤に苦しむ人もいる。誰もが苦しみを抱えて生きている。この地球に生きる全ての人類は苦しみを抱いて生きている。僕らは一人じゃない。僕らは大小の差はあれど、同じく苦しみを胸に抱き、日々を生きているんだ。
まるで世界中の人々と意識がつながり合い、体が溶け合うような感覚を僕は覚えた。そして、僕らはまた地球へと降りていき、自分の国へ、自分の街へ、自分の家へ、自分の部屋へと降り立っていった。
それは不思議な感覚だった。まるで世界中の人間と同化したような感覚。人類すべての喜びと悲しみを自分ごとのように感じられ、僕らは同じ人間性を共有しているのだと強く感じられた。
これこそが共通の人間性(Common Humanity)だったのだ。
とはいえ、この感覚を感じることが難しいのも事実だ。ワークショップ参加者の中でも「いまいちピンと来なかった」という人もいた。そういった場合は、「誰もが同じような苦しみを感じている。あなただけじゃないよ。だから大丈夫だからね」といった包み込むような優しさだけ理解できれば十分だ。
3. マインドフルネス(Mindfulness):現在の瞬間に意識を集中し、否定的な感情や思考に過度にとらわれず、バランスの取れた視点を保つこと。
仏教の開祖、ブッダは言った。
「過去に固執することなく、未来を夢想することなく、今に意識を集中させなさい」
人の脳は進化の過程で大きくなり、より複雑な構造を持つようになった。前頭前野は計画や意思決定、そして時間の知覚といった高い認知機能に関与し、海馬は記憶の形成や時間の順序を保持する能力に関与する。そのため、人は過去、現在、未来へと思いを馳せる能力を手に入れたのだ。
だが、一見素晴らしく思えるこの能力は、過去への固執や悲劇の想像といった厄介なものまで人類に与えることになった。仕事や家庭の失敗をいつまでも悔いたり、まだ起こっていない未来の悲劇を嘆くのはそのためだ。
妻との関係改善においてもそう。過去のおのれの言動を後悔し、離婚や絶縁といったまだ起こっていない未来の悲劇を想像する。それらはいつまでも取れない風呂場の黒カビのように脳に根を張り巡らせる。
その黒カビを脳から引き剥がすのがマインドフルネスだ。
マインドフルネスとはなにか?
コンパッショネイト・マインド財団創設者の一人であるメアリー・ウェルフォードの著書「実践 セルフ・コンパッション: 自分を追いつめず自信を築き上げる方法」にはこう書かれている。
マインドフルネスの実践では、全神経と落ち着いた意識をともに今ここに向けることが必要となります。この落ち着いた意識には、好奇心と寛容さが含まれます。つまり、周りで起こっている出来事や、頭の中で湧き上がっている考えに注意を払うことが含まれているのです。
マインドフルネスが意識を「今、ここ」に向けることはよく知られている。だが、「好奇心と寛容さ」を重要視されることは一般的には知られていない。心に浮かぶ感情にいい悪いのジャッジをせずに、好奇心を持って見つめる。それは、妻と対峙した時の自分の感情の処理にも役立つはずだ。
本書によるとマインドフルネスには以下の行動を助ける狙いがある。
・急がないこと
・現在に留まること(過去や未来について思い煩わないこと)
・頭の中で起こっていることに気を配ること
・脅威システムや動因システムを暴走させることなく、注意を向けているものに対して選択を広げたり実行したりすること
・思考や感情を表出するかどうかに関して、最終的にあなたを満足させられるようなより良い選択をすること
特に「頭の中で起こっていることに気を配ること」が重要だ。なぜなら、僕らは本当の気持ちを別の感情に置き換えがちだからだ。
本当は寂しかったり辛かったにも関わらず、平気な振りをしたり、瞬間的に浮かぶ怒りの感情に振り回されてしまったり。すると、心の奥にある柔らかな気持ちが共有されず、ネガティブループという夫婦の葛藤が起こりやすくなる。
自分の感情に手を伸ばすことは忙しすぎる現代生活ではとても難しい。自然にできるものではなく、意図して時間を作り、実践を心掛けないといけない。だからこそ、こんなにもマインドフルネスの重要性があちこちでささやかれているのだ。
「実践 セルフ・コンパッション: 自分を追いつめず自信を築き上げる方法」では、6個のマインドフルネスが紹介されている。
音のマインドフルネス、身体感覚のマインドフルネス、呼吸のマインドフルネス、視覚的なアンカー・ポイントを用いたマインドフルネス、触覚のアンカー・ポイントを用いたマインドフルネス、マインドフルな散歩だ。
僕がやっているのは呼吸のマインドフルネスとマインドフルな散歩を組み合わせたものだ。仕事中、2~3時間に一度、外に出て自然の中を歩く。人気のない公園が近くにあるので、そこをよく使っている。一歩一歩歩きながら、地面を感じる。頬を撫でる風を感じ、車の走行音、たまに聞こえる鳥のさえずりに耳を傾ける。鼻からゆっくりと呼吸をし、口からゆっくりと吐く。
腹式呼吸を繰り返しながら公園を歩いていく。なるべく日の当たる場所を選ぶようにしている。僕は天気が悪いと鬱気味になる傾向があるからだ。
歩いている最中は雑念が次から次へと頭に浮かぶ。仕掛中の仕事のこと、今日配信したポッドキャストのこと、これからのポッドキャストの方向性のこと、もっと認知度を広げるにはどうすればいいのかといった悩み、家庭と仕事と夫婦関係と個人活動の両立をどう実現したらいいのかという悩み。
あらゆる雑念が次から次へと浮かんでくる。そこにとらわれ思考のリソースを奪われてしまうと、リラックスなんてできない。浮かんでくる感情をただ受け止め、そこにあることを認める。過去を悔んだり未来を心配するのではなく、今ここにある感情の認知に集中する。
自分の心の奥に何があるのか好奇心を持ってみつめ、そこにあるものにいい悪いのジャッジをせず、寛容に包み込む。
すると、気持ちは不思議なほど落ち着いてくるのだ。
セルフコンパッションには三つのメリットがある。ストレスの軽減、幸福感の向上、レジリエンス(困難に粘り強く立ち向かう力)の向上だ。
これによって、ネガティブな考えをおさえられ、楽観性や感謝の念といったポジティブな感情を抱きやすくなり、精神的ダメージからの回復を早めることができる。
妻との関係を改善するとき、そこにはネガティブな思いがたくさんあることだろう。どうせわかってくれないという諦め、妻から嫌悪感を抱かれている逆境に立ち向かう恐怖、何をしても希望を実現できないのではという無力感。
妻との関係を改善するには、まずこれらの感情をポジティブなものにする必要がある。まずは自分の感情を変えていくのだ。だからこそ、セルフコンパッションが必要になる。
では具体的にどうすればいいのか?詳しくみていこう。
具体的なセルフコンパッションワークとは?
セルフコンパッションを行う前に、人が持つ三つのシステムについておさらいしておこう。以前のニュースレターでも書いたが、人にはドライブシステム、脅威システム、スージングシステムの三つのシステムがあると言われている。
脅威システムは人が脅威を感じたときにオンになる。例えば誰かから怒られたり、仕事の締め切りが迫って強いストレスがかかったり。そういった時、僕らは「ああ、やらなければ!」と強いプレッシャーを抱えたまま行動に出ることが多い。
うまくいくこともあるかもしれないが、強いストレスにさらされているので精神的には落ち着けないだろう。なぜ、そうなるのか?コンパッションの概念では「脅威システム」から「ドライブシステム(行動を起こすシステム)」に移行することを避けるようにと言われている。
ストレスフルな状況で自分を奮い立たせてもメンタルがやられてしまうし、怒りなどのネガティブ感情に左右されやすくなるからだ。だから、脅威システムからドライブシステムに行くには「スージングシステム」を通る必要がある。
スージングシステムとは心を落ち着かせるシステムのことだ。セルフコンパッションによってスージングシステムを活性化させてから行動に移る。そうすることで落ち着いた状態で困難な状況に立ち向かうことができる。
妻から嫌悪感を抱かれながらも妻へのケアを実行するという難関にも対処がしやすくなるのだ。では、具体的なセルフコンパッションのアクションにはどういったものがあるのか見ていこう。
まずはスージングブリーズ。深呼吸(正確には腹式呼吸)だと思ってもらえればいい。鼻からお腹いっぱいになるまで息を吸い込み、口からゆっくりと出していく。やってみるとわかるが不思議と心が落ち着き、冷静に物事を考えられるようになる。
なぜ、ただの深呼吸が心を安定させるのか?そこには生理学的なメカニズムが存在する。
深呼吸は迷走神経と呼ばれる脳神経を刺激する。迷走神経は脳幹から出ており体内で広く枝分かれし体内環境をコントロールしている。人が精神的ショックにより心拍数や血圧が低下するのは、迷走神経が過剰に刺激されているからだ。迷走神経は内臓に多く分布しているため、精神を肉体へと反映させる機能を持っている。
そして、迷走神経はリラックス状態を促進する副交感神経を刺激する機能があるため、心拍数の減少や筋肉の緊張緩和を引き起こす。また、深呼吸により、体内に取り込まれる酸素の量が増加することで、脳や体の各部位が正常に機能し、結果として精神的な安定を得られるのだ。
また、深呼吸はストレスホルモンであるコルチゾールの分泌を抑制させることもできる。それから、呼吸に意識を集中させることで、現在のストレス要因から注意をそらし、心を落ち着かせる効果もある。さらに呼吸によって自分の体をコントロールできている実感も得られるため、精神的な安定へと結びつきやすい。たかが呼吸とはいえ、れっきとしたマインドフルネスともいえる。
僕も仕事中や家庭で強いストレスを感じた時に、あえて深呼吸をするようにしている。頭は冴え、悩みは薄くなり、今すべきことに集中しやすくなるのだ。
もう一つの簡単にできるセルフコンパッションは、慈悲ある言葉を口に出すというもの。自分自身に対して「そう感じてしまうのは当然だよ。君は頑張っている。今は試練の時だ。だけど、きっと乗り越えることができる」と語りかけるのだ。
僕は仕事や個人活動で行き詰ってしまった時、よくこの言葉を口に出しながら散歩している。後ろから歩いてきた人がびっくりして転びそうになったことがあるが、効果は間違いなくある。これについては、次回の夫婦関係学ラジオで詳しくお話しする。
次回は「#552 慈悲の心「コンパッション」とは一体何なのか?【ゲスト回:東京成徳大学大学院 准教授 石村郁夫先生】」にご出演いただいた石村先生に再びお越しいただき、普段の生活のなかでどのようなセルフコンパッションワークを行えばいいのかをお聴きする。
#552 慈悲の心「コンパッション」とは一体何なのか?【ゲスト回:東京成徳大学大学院 准教授 石村郁夫先生】
そこで先生は普段から唱えるマントラを推奨されていた。マントラとは古代インドから使用されている、心を落ち着かせるために唱える短い言葉のこと。 サンスクリット語で「言葉」「文字」を意味し、日本語では「真言」として伝わっている。
宗教色を感じるため拒否反応を示す人もいるかもしれないが、コンパッションは仏教思想が由来であるため、どうしても東洋宗教色が強めになる。
ただ、このマントラの効果は論理的に説明できるためおすすめだ。僕も早速試してみようと思っている。詳しくは5/27(月)放送の回でぜひじっくりと聴いて欲しい。
最後にご紹介するセルフコンパッションワークは「思いやりを受け取る・与えるワーク」だ。これは二人一組で行う必要があるが、とてつもなくパワフルな体験で、僕はワーク中に涙が止まらなくなってしまった。
上の僕の体験記事から一部を抜粋したので、ぜひ読んで欲しい。
ーー
ワークショップの中では、コンパッションとは何か?セラピーにどう使われるのか?コンパッションを育むにはどうすればいいのか?など、詳しく説明され、実際にコンパッションを「受け取る」「与える」実習も行われた。
その実習の最中にぼくは涙が止まらなくなってしまったのだ。
その内容は、自分にとってとても愛着を感じているもの、大切にしているものを持ってきて、それになりきるというものだった。
ちょっと何言っているかわからないと思うけど(ぼくも最初は意味がわからなかった)、二人一組になり、一人がセラピスト役となり、一人がクライエント役となる。
椅子から立ち上がり、座った瞬間に、あなたはそのものになると言われ、実際そうなったと思い込むことで、このロールプレイングはスタートする。
ぼくが選んだのは、妻と初めて旅行に行った時に撮影した写真だ。
鎌倉にある杉本寺。
苔むした階段が素敵で、その前で写真を撮った。
今から12年前だ。
ぼくはその写真が大好きで、額縁を買い、ペンキで色を塗り、やすりで削りヴィンテージ風の加工をほどこした。
2階へ向かう階段の壁にかけられ、ぼくは気持ちが落ち着かないときに、その写真を眺めることが多い。
「アツさんの大切な思い出の写真さん、こんにちは。あなたはいつアツさんのところにやってきたの?」
実習の相方となった心理士さんがぼくに語りかける。今のぼくは、アツの大切な写真だ。
「ここに飾られたのは5年前だと思います。彼が額縁を買ってきて、色を塗り、やすりで削り、そこに入れてくれたんです」
「そうなんですね。きっと、そこでは、アツさんや家族の声がたくさん聞こえてくるでしょうね」
「はい、そうなんです。彼らの楽しそうな声、喧嘩している声、いろんな声が聞こえてくるんです。私は階段の壁にかけられているので、ちょっと離れたところから聞こえてくるんですが、彼らのいろんな感情がここにいても伝わってくるんです」
「そうなんですね。あなたはアツさんのためにどんなことをしていますか?」
「彼は階段で立ち止まって、しばらくの間、ずっと私を私を見ていることがあるんです。これは本当によくあるんです。ただ、じっと見つめている。きっと、何か辛いことがあったときなんだと思います。悲しい気持ち、辛い気持ちを和らげようとして、私を見つめている。彼は私をただ見つめるだけで、気持ちが癒されるようです」
「そうなんですね。きっと、あなたはアツさんにとって本当に大切な存在なんですね。あなたはアツさんにどんなことを伝えてあげたいですか?」
「……。だいじょうぶだよ。だいじょうぶだよと伝えてあげたいです。辛いことがたくさんあるけれど、乗り越えられないと思うことが、今も昔もあっただろうけど、きっとだいじょうぶだよって。きっと、うまくいくからって、だいじょうぶだからねと、伝えてあげたいです……。」
ロールプレイングの中盤、ぼくには、ぼくを見つめる自分の姿がありありと見えていた。
階段の途中で立ち止まり、じっとぼくを見つめるぼくが。誰にも言えない苦しみを抱えたぼくが、癒しを求めてぼくを見つめている。
それが見えた瞬間から、ぼくの心に優しい気持ちが溢れかえり、とめどなく流れる涙を止めることはできなかった。
その瞬間、確かにぼくはコンパッションを受け取り、また与えることができたんだ。
ーー
このワークはとてもパワフルだが、二人じゃないとできないのがネックだ。だがコンパッションキットというものもあり、これは一人でもできる。自分にとって大切なものをボックスに入れ、手元に置いておくのだ。
自分が思いやりを受け取れるモノがいつでも近くにあるというのは、きっと心を落ち着かせてくれるはずだ。
妻との関係改善の道はハードだ。妻から嫌悪感を抱かれていたり、不倫などの性の問題が起こっていればなおさらそうだ。普通の精神状態で切り抜けることはまず不可能だ。
あなたはきっと妻へのケアをしなければと焦っているはずだ。今までの自分が間違っていた。これからは君の幸せを考えると。だが、ちょっと待って欲しい。身も心もボロボロの状態で他者のケアができるだろうか?頑張れたとしてもどこかで息切れしてしまう。
妻との関係改善の道はいつまで続くかわからないイバラの道だ。その道を歩き通すには、まず自分への思いやりを補充して欲しい。セルフコンパッションで自分に思いやりを供給し、ガス欠にならないよう気を付けて欲しいのだ。
宣伝になってしまうが(別にPR案件でも何でもない)、僕が受講したコンパッショネイト・マインド・トレーニングはコンパッションを学び習得するのにおすすめだ。
コンパッションは知識習得というより、スポーツのような身体知に近い。ボールの蹴り方を教えてもらっても実際に蹴ってみないとサッカーはうまくならないし、優れた指導者のもとで学んだ方が上達は早い。
コンパッションに興味を持った方は、費用は少し高いがプラスワンラボのコンパッショネイト・マインド・トレーニングをぜひ検討して欲しい。
今回の放送回はこちら。ぜひあわせてお聴きください。
-Spotify
-Voicy
-Apple Podcast
-YouTube
このレターをまた読みたいと思った方は、以下の登録ボタンから無料読者登録をぜひお願いします。夫婦関係に向き合うヒントを毎週メールでお送りします。
noteメンバーシップを利用し、夫婦関係学研究サポーターを募っています。
いただいたサポートは専門書籍の購入費、専門セミナーへの参加費、取材費用など、夫婦関係学研究のために使わせていただいています。
僕と一緒に夫婦関係学研究を進めたいと思ってくださる方は、ぜひご参加ください。月初に活動報告記事をお送りしています。前月の活動内容、今後の方針、活動に対する葛藤などを書いています。
個人オンライン相談はMOSHというプラットフォームを使っています。ご相談されたい方は以下リンク先からどうぞ。今なら限定クーポンで半額です。
個人オンライン相談:https://mosh.jp/services/161484
※半額クーポンコード(数量限定):y5nt8udtp28
では、また来週お会いしましょう!素敵な週末を!
すでに登録済みの方は こちら