夫婦の会話、どうやって作る?
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話し合いのハードルを下げたかった
清水さんはフタリノトリセツを作ったきっかけをこう語った。
対話したいという気持ちがあっても、そこにはハードルがある。その心理的ハードルを下げたかった。もっとライトにラフに。第三者が介入することで、普段起きえない新しいなにかが生まれたり、気づきがあったらいいなと。
夫婦の会話って、簡単そうで難しいんですよね。つい、会話というと「なにかを決めたりする」おかたいイメージを持ってしまうんですが、いきなりそんな会話できないですよね。
ましては、関係性がそこまでよくないと(そんなこと話す気なんかさらさらないんだけど)と、心のシャッターを閉じられてしまうこともあるはず。
会話、対話、議論とよく言われますが、多くの人はいきなり議論に入ってしまうんです。それで衝突する。ふたりとも傷つくことなく議論ができるケースってすごくまれで、お互いに自分への強い自信を持っていたり、相手への深い信頼があったりします。
それにぼくらって、学校で議論の方法を学んでないですよね?中学校の学園祭でなぜかディベート大会に出たことがあるんですが、コテンパンにやられて壇上で恥ずかしい思いをしただけでした。
みずからの主張と相手への攻撃が混ざっているせいで責められている気がするし、主張する方も相手を傷つけるのを恐れたりしますよね。
(責められて恥ずかしい)とか(こんなこともできない自分が恥ずかしい)と、恥の感情はぼくらを圧倒しがち。そこから立ち直るには自分への優しさが必要で、だからこそぼくはセルフ・コンパッションが夫婦関係には欠かせないと思っています。
今、ちょうどこの本を読んでいますが、自分に優しさを向けるコンパッションと、自分に強さを与えるコンパッションの2種類のコンパッションについて書かれていてとっても面白いです。
主張を伝えるためのテクニックはアサーションが知られていますが、そこにセルフ・コンパッションを織り交ぜることで、よりスムーズに自分の主張を伝えられるようになるんです。恥や自己否定にとらわれずに。
パートナーとのコミュニケーションがうまくいかなくて辛いときもあると思います。思っていることをうまく伝えられない。相手のいいなりになってしまっている。もしくはパートナーの苦しみを取り除けなくて困っている。
そんなときは、この言葉を唱えてみるとスッと楽になります。
誰もがそれぞれの人生を生きている。私はこの人の苦しみの原因ではないし、どんなにこの人の苦しみをを取り除きたくても、私の力では限りがある。このような状況は耐え難いけれど、それでもできるときに、できることをすれば良い。(「自分を解き放つセルフ・コンパッション」より)
もしくは、自分に対する優しさを持てないときには、この言葉を唱えてください。東京成徳大学大学院の石村先生から教えていただいたコンパッションフレーズです。ぼくはよく口にしています。
この苦しみは誰もが体験している。自分に優しさを向けてもいいだろうか?自分には幸せになって欲しいと心から願っている。
話がフタリノトリセツからずれたけど、夫婦の会話って思っているより簡単ではないってことです。
だからこそ、こういったツールを間に挟むことでうまくいったりもします。ぼくらもこれのおかげで新鮮な会話が生まれました。
お互いの見えない部分をすり合わせていく
夫婦ってとっても不思議な関係だと思うんです。とても距離が近いのに、急に遠くに感じるときもえる。分かり合えていると思っていたのに、気持ちがすれ違っていたことに何年も経ってから気がつく。
なぜなのか?
それは、「見えない部分」が多いからだと思う。正確に言うなら「見ようとしない」姿勢が問題なんです。
でも、それもしかたないと思うんです。
出会って何年も経てば新鮮な気持ちは薄れますし、結婚生活に慣れれば遠慮もなくなっていきます。子どもが生まれれば日々の生活に忙殺されるようになる。
そんな生活では相手の「見えない部分」にフォーカスすることは難しいですよね。誰もがそうだと思います。ぼくだってそうです。
では、どうすればいいのか?
二人が意識的に会話を増やして「見えなかった部分」をクリアにしていければ一番です。だけど、なかなか自分たちだけでは難しいことも確かです。
相手の真意が見えなくて、霧の中でさまよっているような気持ちにもなりますよね。
そんなときに霧の向こうから照らしてくれる灯りがあれば、パートナーの柔らかな気持ちにも行き着きやすくなります。
それが「第三者」の存在です。
カップルカウンセリング、世帯経営ノートなど、役に立つ「第三者」はたくさんあります。
二人の間に他のものが入ることで、見えてなかったお互いの気持ちを照らし出してくれるんです。そのなかでも、今回ピックアップしたフタリノトリセツはかなりライトに使えるものです。
書き込むワークはなく、難しく考える必要もなく、質問に対して答えをタップしていくだけ。あっという間に終わります。
ちなみにぼくのトリセツはこちら。
番組でもお話ししましたが、ぼくの「取扱上のご注意」は「他の異性を褒め倒す行為」でした。これ、なんか情けないなあと思ってたんですが、本当のことだからしょうがないですね。妻に知ってもらうことでコミュニケーションが以前より楽になった気がしてます。
あと、充電方式に「チルいカフェに誘う」というのもあり、ぼくはリラックスできるカフェが大好きなんですよね。別にチルくなくてもコメダでもなんでも喫茶店全般が好きなんですが。
これ、相手に知ってもらうことだけじゃなくて、セルフヘルプにも役立ちますよね。疲れているときにはカフェに行こうかなって思えるから。できれば、妻と一緒がいいですけどね。
フタリノトリセツのメリットは、「手軽に自分も知らなかった自分を再発見し、パートナーに自然とわかってもらえる」ことにあると思う。
霧に包まれていて、先の見えない道で立ち往生をしている。すると、道の向こうから灯りが近づいてきて道を照らしてくれる。やがて霧は晴れ、自分がどこでなにをしていたのか、本当はどこに行きたかったのかを知る。
そんなツールだなって感じてます。
清水さんはフタリノトリセツやコトバムのメリットを「お互いの誤解を取り除いていけること」とおっしゃったけど、それと同時に自分に対する誤解も解くことができるんじゃないかな。
今よりも生きやすくなれるような気もしてます。
夫との意識の差は環境要因
清水さんのお話で印象的だったのが、「男女間のパートナーシップ知識の差は環境要因」というものです。
夫がぜんぜん気持ちをわかってくれない!妊活やら子育てやらぜんぶ私じゃない!なんであの人はなんにも知らないのよ!
Xにはそんな怨念のようなポストがうずまいてますが、相手を責めてもどうしようもないんですよね。ネガティヴループがぐるぐる回ってお互いに怒りが倍増するだけです。
雑誌やウェブなど、結婚生活に関する情報は女性向けばかり。これでは男女間の知識量の差が生まれるばかり。
清水さんはそう言いました。
正直なところ、この事実を冷静に見つめている女性に出会ったことがなかったのでびっくりしました。
パートナーシップ発信者の多くは、男女問わず「男性はもっと知るべき。知ろうとしない男が悪い」という論調になりがちです。
とりあえず「できない男性」を叩けば男女両方からインプレッションを稼げるので、みんなそうするんですよね。
そんななかで、「女性ばかりが情報シャワーを浴びている。この社会構造のなかで男女が一緒に進んでいくのは無理ゲー」と、女性側が声を上げた価値はめちゃめちゃでかいと思うんです。
人はネガティヴなものに惹きつけられる習性があるから、SNSにはバッシングであふれてます。逆に清水さんの主張には他者(異なる性の人間や社会)への怨念は一切含まれてません。
こういった情報は拡散されにくいのだけど、清水さんが代表を務めるフタリノのInstagramアカウントは7万3千人の人間にフォローされている。
これは「今の社会構造では男女が一緒に歩むのは無理ゲー」と感じている人がたくさんいる証拠ですよね。
男や女をただ叩くのではなく、「では、どうすればいいのか?」と問い続ける。「この社会マジクソ」と捨て台詞を吐くのではなく、「では、どうすれば変わるのか?」と思考と行動を繰り返す。
そんな清水さんの行動が社会から求められているのだと思う。
Instagramに大量にくる広告案件依頼(なぜかスパッツが多いらしい)を軒並み断っただけあります。さすがですよね。
好奇心が夫婦の会話を生む
夫婦の会話を生むにはどうすればいいのか?
清水さんは「好奇心」が大切だと言う。
実は何人もの臨床心理士さんも好奇心の重要性を唱えていて、ぼくも夫婦に必要なものはお互いへの好奇心だと思ってます。あと、自分自身への好奇心ですね。
夫婦間のコミュニケーションでイヤなことがある場合、なんでイヤなのかを掘り下げて考えてみる。その時は自分を責める必要なんかない。ぼくらはついつい恥の感情に圧倒されがちだ。
だけど、(そう感じるのもあたりまえだよ。あなたは十分にがんばっている。私はわかっているよ)と、自分に優しさ(コンパッション)を向けてみるんだ。
そうすれば自分をいためつけずに、深い心の底へと降りていけるはず。
それから、パートナーについて観察するときは「自分のフィルターで見ない」ことが重要だと清水さんは言いました。「こんな生物いたんだ!」くらいのノリがいいと。
ぼくらはつい相手のことを自分と同じ思想になって欲しいと望んでしまうけど、自分とは違う他人だから難しいんですよね。
お互いに分かり合えていると思っていても、違う人間である限りはどこかは必ず差異はある。
それがあまりにも許容できず、ともに暮らすことに苦痛を感じ続けることもあるかもしれない。そんなときは別れも選択することもありだと思う。
一方で、「こんな生き物おったんかい!新種発見!」と思える心の余裕を持てるなら、まだまだやりようはあるんじゃないかなって思っています。
最近は離婚された方や別居された方のお話を聞くことが多いのですが、それもひとつの道だなとは思います。夫婦関係は人それぞれですから。
そして、同時にまだなんとかなりそうだなという関係性もあるんですよね。
その分かれ道は、相手に対して「新種発見!」と好奇心をもって受け止められるかどうかなのかもしれません。
新種の生態をつぶさに観察し、その生態に合わせた対応(エサは肉?草?)を試行錯誤する。
それもこれも、好奇心によるのかもしれませんね。好奇心を持つには常識にとらわれずに楽しむ心が役立つんじゃないかなと思っています。
今回はここまでとなります。
来週こそ、離婚を経験された二人組男性のポッドキャスト「バツイチ」とのコラボ放送をお送りします。
養育費っていくら?親権はどうなるの?なんで離婚したの?
などなど、男性にまつわる離婚話に興味があるかたはぜひお聴きください。きっと参考になるはずです。
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