シリコンバレーから学ぶパートナーシップ構築のコツとは?

世界的トップ企業Apple。そこで働く人々の結婚生活はぼくの想像を超えたものだった。プライオリティのすべてが仕事となり家庭を犠牲にする超ハイスペビジネスマンに囲まれながらも、家庭を大切にし続けた男性がいた。彼はなぜその闇に取り憑かれなかったのだろうか?
アツ@夫婦関係学ラジオ 2024.07.26
誰でも

今回は元Appleシニアマネージャーであり、語学学校Brighture CEOである松井博さんにお話をうかがいました。なぜハイスペビジネスマンたちの結婚生活は失敗するのか?どうすればそこから抜け出せるのか?

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4回結婚したApple幹部、ジョン・ルビンシュタイン。

「こいつの結婚式行ってもしょうがねえだろう。どうせ行ってもまた離婚するんだから」

スティーブ・ジョブズ直下の人間はわずか5~6人。10,000人に一人の逸材。そのうちの一人がジョン・ルビンシュタイン。当時の松井さんの上司だ。

彼の結婚式の案内状が来るたびに周囲はそう言ったという。なぜなら、彼は4回も結婚していたからだ。

休みは10年に1度のみ。生活のすべてが仕事に集中する。プライオリティのすべては仕事。そんな人に付き合い続けられる女性はいなかったのだろう。だが、世界トップ企業のわずか数人しかなれない存在として、彼は雄の魅力を放ち続け女性から求められ続けた。

メンタルをやられバーンアウトする人間が多い職場で、なぜ彼らは働き続けるのだろうか。松井さんはそれを「ゲーム」や「狩り」と表現した。成果を出すことで収入が桁違いに上がり、周囲からも尊敬され、世界に対して大きな影響を及ぼせるようになる。そんなゲームに彼らは向いていたのかもしれない。

だが、それは私生活とのトレードオフでもあった。結婚生活が何度も終わりを迎えることもあれば、体や心を壊し現場から降りていく人間も多かったという。

そんな環境の中で松井さんはシニアマネージャーまで出世する。他の人間と同じく家庭を犠牲にしたから出世できたのだろうか?いや、そうではなかった。過酷な出世競争に揉まれながらも家庭生活を維持する方法を松井さんご夫婦は知っていたのだ。

私が本当のこと言わないと誰が言うのよ

松井さんのお話でもっとも印象的だったもの。それは奥さんの言葉。

激しい喧嘩をしたことがない松井さんご夫婦だが、時に松井さんは感情的になってしまうこともあった。

そんなとき、奥さんはこう言ったそうだ。

「私が本当のこと言わないと誰が言うのよ」

そう言われることで松井さんは理性を取り戻し、冷静に妻と向き合うことができたそうだ。

松井さんはたびたび「うちの嫁さんが大人だった」とおっしゃった。子供の頃から団体競技に慣れ親しんできた奥さんは、コミュニケーション能力が抜群に高かったそうだ。

「私が本当のこと言わないと誰が言うのよ」

こう言える女性が日本にどれぐらいいるだろうか?

夫婦関係に悩む方のお話を聞いていると、パワーバランスの崩れを感じることが多い。権威性が夫か妻のどちらかに寄り過ぎており、片方は常にいいなりになっている。

男性の持つパワーによって女性が虐げられている話の方が目立つが、実はそればかりではなく夫への恨みを結晶化させ、夫の話をまったく聞かず開き直っている女性も存在する。

男が悪い。女が悪い。

そんな話ではなく、経済力や憎しみの反動によるパワーバランスの歪みが起こっているのだ。

松井さんはAppleのシニアマネージャーとして出世競争を戦い続けてきた。パワーバランスの歪みに取り込まれてもおかしくなかったはずだ。

そのトラップにかからなかった理由は松井さんがお子さん好きであり、家族思いであり、マネージメントの達人であったことはもちろんだが、パワーバランスの存在に気づいていたんじゃないかと思う。

自分が妻や子供に及ぼす強い影響力。それがいい方向にも悪い方向にも向かうこと。時には自分を見失いそうになる時もあったのかもしれないが、そんな時に家族の元へと引き戻してくれるものが奥さんの言葉だったのだと思う。

「私が本当のこと言わないと誰が言うのよ」

夫と対等に向き合い、その場にとって、自分たち家族にとって、適切な言葉を冷静に放つ。

これはそんなに簡単なことじゃない。

自分への自信。夫への信頼感。

この二つがないと放つことができない言葉だ。

この言葉を聞いた時、ぼくは心の底から痺れた。

このシンプルな言葉の裏には、2人がともに歩んできたすべての歴史と、その歴史に裏打ちされた確かな信頼感が存在するからだ。

彼らはなぜそこまでの信頼感を築けたのか?

その鍵は朝夕の散歩にあった。

二人だけの散歩がもたらすもの

朝6時にジムに行き、上層部の人間に顔を覚えてもらう。自宅で夕飯を食べたらすぐにパソコンを開き遅くまで仕事をする。

夫婦関係が破綻してもおかしくないほどのハードークだが、松井さんご夫婦には欠かせない儀式があった。

それが犬を連れての朝夕の散歩だ。朝に30分。夕方に30分。

二人で並びながら歩く。日常のささいなことを伝え合い、開きそうになる距離を縮める。

並んで歩くので向かい合うことがない。物理的に向かい合わないというのは意見の対立を減らす効果があり、素直な気持ちになりやすくなる。

30年近くマネージメントを続けてきた松井さんは1on1をおこなう際、斜め90度に座ることを意識したという。そうすることで部下が緊張せずに本音を話せるからだ。

女性は対面に座った方が真剣に話を聞いてくれる感覚があるようだが、妻と横並びで散歩することで松井さん自身は素直な気持ちになりやすかったのだと思う。

ぼくも妻と向かい合って座るとなんだか居心地が悪く、斜めか横並びの方が本音を出しやすい。

横並びが効果的な理由は「視点のシンクロ」にある。二人が物理的に同じ方向を見ることができるのだ。

同じ方向を見る

ぼくは世帯経営ノートというワークノートを通して、妻の本音を知り、受け入れることができた。

なぜ、世帯経営ノートがぼくらにとって効果的だったのか?

それは、二人が同じもの(ノート)を見つめていたからだ。

あれをしてくれない。これをしてほしい。そんな思いがグルグル回り、相手に伝えられずに恨みばかりがたまっていく。

あなたが悪い。

そんな対立構造が生まれる。

だが、ノートに課題を書き出すことで、悪いのは「あなた」ではなく「課題自体」であることに気がつけるようになる。

相手を責めるのではなく、そこに書かれた課題を解決しようという思考に変わっていく。

不満点が相手から分離され、ノートに書き記されることで、悩み自体が物理的(ノートに書かれた文字)に実在化する。

そのとき、責めるべき相手はパートナーではなく、自分たちをネガティブな波の中に投げ込む悪いループであることに気がつくのだ。

ぼくらに起こったのはそんな変化だった。

「昔は長距離ドライブする時、道に迷わないように助手席に座る人が地図を広げてナビ役をやっていたんですよ。あんな感じです」

松井さんはそう言った。ぼくの両親もそうだった。毎年冬になるとぼくら家族は福島県のスキー場に車で出かけた。

朝4時頃に家を出て、4〜5時間かけてドライブする。助手席に座った母が地図を広げている姿を今でもはっきりと覚えている。

ウトウトする母に父が焦って声をかける。

あとどれくらい?

えっと、次の次を左かな?

あっ!違った右だ!

えっー!

そんなやり取りを二人はよくしていた。

帰り道では疲れた母は地図を片手に寝落ちしていることが多かった。

しょうがねえなあ。寝ちまったよ。

父は苦笑しながらそう言っていた。

スマホどころかカーナビさえない不便な時代だからこそ、一緒に前を向き協力する必要があったのだ。

今の時代はどうだろう?

スマホ一台でナビ、買い物、調べ物、エンタメ、すべてがまかなえてしまう。

ぼくらはテクノロジーの発達によって一人きりで生きていけるようになってしまった。

だけど、本当にそれはぼくらが望んだ未来だったんだろうか?

趣味アプリやマッチングアプリによって性の外注化さえ可能になった。

精神的にも肉体的にも他者と切り離されたこの社会が、本当にぼくらが欲しかったものなのだろうか?

この国にはすべてがあるが、ただ一つだけ足りないものがある。

親密性だ。

それは愛と言い換えてもいい。

もっとも親密さと愛に溢れているはずの家庭から、それは失われている。

そこから脱却するためには、「同じ方向を見る体験」のデザインが必要とされている。

家事、育児、趣味、ビジネス、なんでもいい。一緒になにかをやる体験を日常にデザインしないと、発達し続けるテクノロジーによって、夫婦は分断され続ける。

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