役割に押し込めること・収まること・稼ぐ意味

中学生と高校生のお子さんを持つサチヨさんは、夫から離れ別居する決意をする。その背景には3つの要素があった。夫婦生活のなかで見失いがちなこれらのポイントについて取り上げたい。
アツ@夫婦関係学ラジオ 2024.06.28
誰でも

今回の夫婦関係学ラジオでは別居、離婚、再婚を決意されたサチヨさんのストーリーをお送りした。今回は別居を決断するまでの前半パート、来週は離婚と再婚のお話をお送りする。

サチヨさんのお子さんは現在30代でお孫さんまでいらっしゃる。そんな方のお話を聞いていると、まるでタイムマシーンに乗ったかのような感覚を覚える。夫婦の葛藤を抱える人にとっては未来が垣間見える瞬間だったはずだ。

ぜひ、自分たちに置き換えて聴いていただき、「今」の自分たちがどうすべきかを考えてもらえたら嬉しい。

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「母」という役割に押し込めること

サチヨさんの夫は彼女を「母」という役割の中に押し込めようとしていた。「母だから」遊んでいてはダメだ。「母だから」働いてはダメだ。「母だから」家のなかで家事と育児に専念すべきだ。

実際、サチヨさんの夫は子どものクラス会に出席する妻に対しても「何時に帰ってくるのか?」と質問したり、なんと美容院に行くだけの妻にもついてきたという。

あまりにも夫の束縛が強いため、サチヨさんはストレスを溜め込んでいった。そのストレスは彼女が家を出る原動力になったようにも思える。彼の「母に対する固定概念」がもっと柔軟なものであったなら、違う未来が展開されていただろう。

ここで起こっている現象を「伝統的な性別役割分担」に縛られた男性の特徴として片付けることもできる。だが、僕はその背景にあるものが気になってしかたなかった。

なぜ、夫さんはサチヨさんを家の中にとどめておきたかったのか?彼は本当に「伝統的に男女には振り分けられた役割があり、男女はその役割をまっとうすべきである」と考えていたのだろうか?僕はもっと無意識的なものが働いているような気がしているのだ。

それは伝統的な家庭に育った夫婦に起こりがちな「親子現象」だ。結婚後、妻が夫の母親のような役割を演じ、夫が妻の子供であるかのようにふるまう。夫は結婚後の役割を「妻を支える人間」ではなく、「妻に甘える人間」として規定しているのだ。

そして、伝統的な家庭で育った女性や、伝統的な家庭に嫁ぎ、その家の常識に染まっていった女性もまた、みずからを「夫を支える人間」として定義していく。義母がそのような立場であるから余計に染まりやすい。

戦後の動乱期など、社会が混乱している時期ならそれでもよかったのかもしれない。命を落とす可能性を抱えて男性が外で働いていたのだから。だが今は違う。政治家が堂々と裏金を作り、モラルのない東京都知事選挙が繰り広げられるほど、この国は大きく変わった。混乱期、成長期、成熟期を経て、衰退期に入ったようにも感じる。

こんな社会のなかで「朝まで飲んでいる夫」はだらしない人間にしか見えない。だが、彼らをそう動かしてしまうものは何だろうか?

そこには「妻に対する依存心」と「心理的な未熟さ」が存在する。その背景にあるものはなんだろうか?

それが観察学習セオリーだ。

観察学習(モデリング)とは、心理学者のアルバート・バンデューラが提唱した「他人(モデル)の行動を観察および模倣することによって学習が成立する」という学習理論のこと。

https://kokoronotanken.jp/shakaiteki-gakushuu-albert-bandurano-riron/#google_vignette

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つまり、「男は仕事か遊び、女は育児と家事」といった家父長制傾向の強い家庭で育った男性は、自分の父親の行動を観察し、真似することで「男とはこういうもの」と学習していくのだ。

そして、同時に妻に対しても「自分の母親」と同じ行動を観察学習するよう、無意識のうちに望むのだ。

話は少し変わるが、企業に入社したばかりの新入社員はその会社に染まるよう期待されている。企業ごとに会社のカラーは異なるため、コミュニケーション方法、仕事の進め方、そして日常会話ですら異なっている。先輩たちも後輩に対してカラーに染まるよう指導をほどこしていく。多くの場合、この行動は無意識のうちにおこなわれていく。

僕は計6社で働いてきたが、会社のカラーは本当に千差万別だった。そして、多くの古参社員たちは自分たちの行動が「正義」であると信じており、はみ出そうとするものに陰口やイジメや教育という名の攻撃をしかけるのだ。

なぜか?

認知的不協和 (cognitive dissonance) が原因だ。人は自分と異なる価値観を抱えた場合、心の中に矛盾が生まれる。矛盾する二つの認知が共存する状態はストレスを生み、居心地が悪くなったり、不安になったりするのだ。

認知的不協和理論とは、アメリカの心理学者レオン・フェスティンガーが提唱した理論で、認知的不協和が起こると、人はその不協和を解消もしくは低減させようと行動をとったり、態度を変えたりすると説いたものです。先述のとおり、自分自身の中に矛盾する情報や気持ちがあると、人は不快感や不安を覚えます。それを解消するために、どちらかを正当化したり、つじつまを合わせたりして、その不快感や不安を消そうとするのです。さらにフェスティンガーは、認知の矛盾が大きければ大きいほど、それを解消しようとする力も強くなるとしました。
https://asana.com/ja/resources/cognitive-dissonance

心理学者レオン・フェスティンガー:http://www.firestonefalcons.org/leon-festinger.html

心理学者レオン・フェスティンガー:http://www.firestonefalcons.org/leon-festinger.html

話をサチヨさんの結婚生活に戻そう。夫さんは「性別役割」から外れようとするサチヨさんを受け止めることができなかった。それは彼らの価値観が正反対のものであり、そういった相反する価値観を認めようとすると、本人ではどうしようもないほど「居心地が悪く」なったからだと考えられる。

夫さんの心のなかでは盛大に認知的不協和が鳴り響いていたのだ。混乱し、自分でもどうしていいか分からず、必要もないのに美容院に行った妻の後を追う行動を取ってしまったのだろう。

サチヨさんはたびたびこう言っていた。

「あの人(夫)も辛かったと思う」

それは伝統的な家族の役割からはみ出ようとするジャジャ馬な妻に翻弄されて大変だったという意味ではなく、止めることのできない不快極まりない認知的不協和のことを指していたのだろう。

音の外れたオーケストラや、各楽器のリズムがバラバラのバンド演奏を想像してほしい。気持ち悪くてしかたないだろう。同じことがサチヨさん夫婦の間でも起こっていたのだ。

耐えがたい認知的不協和が鳴り響くなか、それが一体なにで、どこからくるのか分からなければ、どうしたらいいか分からなかったはずだ。

「父」という役割にみずから収まること

認知的不協和が不快な音を奏でるなか、夫さんは自分の精神を安定させようとしたのだろう。自分のなかにある認知を必死で認めたくて、妻を家のなかにとどめようと必死で努力した。そして、同時に認知的に心地よいと感じる役割「外にいることが多い父」という役割に収まろうとしたのだろう。

「まるでしかたがないと言っているように聞こえるが、甘いんじゃないか?」

あなたはそう思っただろうか?

夫婦の葛藤を解決する際、犯人探しをするとろくなことにならない。なぜか?犯「人」などどこにもいないからだ。

夫婦の葛藤は単独で存在しているわけじゃない。妻の気持ちと夫の気持ちがお互いに影響を及ぼしあって葛藤が生まれる。二人の関係性のなかから生まれてくるんだ。悪いのは「人」ではなく、その関係性が作りだすダイナミクス自体にある。

仏教における縁起という概念と同じだ。仏教では、物事は単独して存在しておらず、すべてのものは深く関わり合っていると考える。そして、すべての出来事には原因と条件が存在し、その条件がなくなればその出来事は消滅するのだ。

サチヨさんの夫をだらしのない夫と規定することは簡単だろう。一見、それで問題は片付いたかのように見える。だが、彼が自分が心地よいと思える役割に収まり続けようとしたのには原因と条件がある。

原因は「生まれ育った環境」だろう。そして、「生家で暮らし続ける」という条件が彼の認知を拡張し続けたのだろう。

もし、彼が幼い頃に価値観を変えるような誰かとの出会いがあったら?もし、彼が高校卒業後に家を出ていたら?もし彼が、実家から遠く離れた場所で結婚生活を送っていたら?

実現することのないそのifを考えることに意味はないかもしれないが、そうであったなら彼の認知的不協和は消滅していた可能性は高い。

「仕事と地元が好きな夫」「妻からケアされて当たり前の夫」

彼がその役割にみずからを投じていた理由は、もう変えることのできない認知のせいであり、妻が奏でる自由というシンフォニーが「彼にとっては」あまりにも不快な不協和音だったのだろう。

「稼ぐこと」が作る自信

サチヨさんは10年間というブランクがありながらも、就職活動時に「ぜひ、うちにきて欲しい」と企業から言われ自信を取り戻していく。

家のなかに収まり、家事と育児だけが人生となってしまった彼女にとって、それは大きな驚きだった。企業から求められている。自分は働ける。自分には価値がある。その感覚が彼女に外へと羽ばたかせる自信を与えていった。

他の女性の話を聞いていても、こういった話が度々出てくる。家事と育児は確かに重要だが、それ以外を制限されることで家事育児を楽しんでいたとしても、やがて他者から強制されるものへと変わっていく。

内発的動機(自分がやりたいからやる)から生まれたアクションが外発的動機(人から言われたからやる)へと変わっていく。誰かから強制されるラベリングほどつまらないものはない。

https://asana.com/ja/resources/intrinsic-motivation

https://asana.com/ja/resources/intrinsic-motivation

サチヨさんは夫の束縛という圧力をかけられるなかで、空気の逃げ道を探すかのように働くことを選択したのかもしれない。圧力釜の空気穴から勢いよく蒸気が噴き出るように、サチヨさんは仕事に没頭していく。

自分は稼げる。自分は働ける。自分は外に出れる。仕事をするなかで手に入れた自信が、彼女に別居への勇気を与えていった。

もし、あなたが夫からの束縛に悩んでおり、いつか夫から逃れたいと望んでいるが自分には何もできないという無能感にさいなまれているなら、働いてみることをおすすめする。自分は他者から求められているという感覚や好奇心の探求が、あなたに自分への自信を与えてくれるはずだ。

そして、価値観の合わない妻の言動にあなたが悩んでいるのなら、妻を抑え込む行動そのものが妻を遠くへと追いやるのだということを理解しておいた方がいい。

今週はここまで。来週は別居から始まり、離婚、再婚と、怒涛の第二の人生を送ったサチヨさんのお話をお送りします。お楽しみに!

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