『恋人から夫婦へ、夫婦から親へ』階段の登り方とは?
恋人から夫婦へ、夫婦から親へ。
その変化に戸惑ったことはありますか?
「結婚したけど別居した〜夫婦やり直します〜」連載中のイラストレーターふるりさんに、一年間の別居を経てどのように夫婦関係を立て直されたのかお伺いしました。
このニュースレターはポッドキャストの内容に統計データを加え、さらに深堀りしたものとなっています。
ポッドキャストと併せて読んでいただけると、理解がより深まるのでおすすめです。
今回のポッドキャストはこちら。
コミックエッセイ「結婚したけど別居した〜夫婦やり直します〜」も合わせて読んでいただくと、さらに理解が深まります。
自分の『夫婦像』はどこからやって来る?
ふるりさん夫婦は結婚後、夫の転勤に伴い引っ越しをすることになる。
転勤に関して夫タツヤさんから相談はなく、「もう決まったことだから」と、ふるりさんの意見が聞き入れられることはなかった。
また、タツヤさんの仕事が忙しく、家事をほとんどしないことに驚きを感じていたが、どこまで要求していいのか戸惑いも感じていた。
戸惑いの原因は当時の世相にもあった。時はリーマンショック直後、不景気の嵐の中、(専業主婦は恵まれているのだから不満を持っちゃいけない)と、ふるりさんは専業主婦である自らの存在に負い目を感じていたのだ。
一方、タツヤさんは転勤に妻が帯同することや家事のすべてを妻が担うことに疑問を抱くことはなかった。なぜならば、彼が育った家庭がまさにそういった家庭だったからだ。
タツヤさんにとって「家庭のロールモデル」は自分の原家族のみであり、そのモデルに忠実に沿っていただけだった。まさか、妻が不満を抱いているなんて思いもしなかったのだ。
心理学者アルバート・バンデューラが1970年代に確立した「モデリング理論」によると、人は他者の体験を観察すること(モデリング)で学習するという。
これを考えると、タツヤさんが単純に「悪い夫」であるわけではなく、育った環境に大きな影響を受けていたことがわかる。
実際、タツヤさんは「その家庭(自分が育った家庭)しか知らなかった」と話されていた。人は育った家庭、社会的規範、世相に影響を受ける生き物なのだ。
転勤と夫婦関係
夫の転勤に付き従い、新たな職場で働き出したふるりさんは、運命を大きく変えるきっかけに遭遇する。離婚調停や別居を経験した女性同僚たちとの出会いだ。
夫が妻帯同の転勤に何の疑問も抱かないこと、夫婦の葛藤について話し合いをしても謝られて終わり、行動を変えてくれない夫に悩んでいたふるりさんは、経験豊富な彼女たちに相談した結果、別居を考え始める。
ここで、日本の転勤事情についてみておきたい。
リクルートワークス研究所「全国就業実態パネル調査(JPSED)」によると、2019年1年間に転勤を経験した正社員の割合は2.2%(約67万人)。家族帯同の転勤は0.8%(約25万人)。
毎年25万人の女性たちが、夫の転勤によって生活を変えることを余儀なくされていることになる。
https://www.works-i.com/column/teiten/detail029002.html
また、独立行政法人 労働政策研究・研修機構の調査(社員300人以上の企業10,000社アンケート)によると、「正社員(総合職)のほとんどが転勤の可能性がある」企業は33.7%であり、その割合は企業規模(社員数)が大きくなるほど高くなる傾向がある。
転勤の可能性は三人に一人にあることになり、決して他人事とは言えないだろう。また、多くの企業は転勤の可能性を入社時に説明しておらず、ある日突然決まることが多い。
HR総研の調査によると、企業においては「本人の状況・意向は確認するが、原則として拒否権は無い」とする企業が43%、「本人の状況・意向は確認せず、原則として拒否権は無い」は16%となっており、特に大企業では拒否権がない割合が61%にも上る。
https://hr-souken.jp/research/2819/
https://hr-souken.jp/research/2819/
次に転勤が決まった夫の妻がどうしているかみてみよう。
リクルートワークス研究所「全国就業実態パネル調査(JPSED)」によると、5年以内に離職した女性社員のうち、「夫の転勤」が理由である割合は2.1%だった。
https://www.works-i.com/column/teiten/detail029002.html
次の図は、どういったファクターが女性の無職化を進めるかを、「賃金への不満」と比較して示している。
5位にランクインしている「夫の転勤」は、「賃金への不満」と比べると34.6%も「女性を無職にさせる」確立を高めることを意味している。
https://www.works-i.com/column/panelsurveys/detail013.html
夫の転勤によって離職した女性は、そうでない女性と比べてその後の就業率が4.8%低い。帯同転勤後に専業主婦となるケースの方が多いと思われる。
多くの人にとって働くこととアイデンティティは深く結びついているため、自己効力感の減少につながる恐れがある。
大阪経済大学による調査では、家族帯同の場合、女性の生活満足度が転勤後に低くなったというデータもある。
実際、独立行政法人 労働政策研究・研修機構の調査では、「転勤後に困難に感じたこと」のリストに「子供の教育の難しさ」「育児のしづらさ」「子供の持ちづらさ」がランクインしており、出産後のイベントにおいても困難が立ち塞がっていることがわかる。
https://www.jil.go.jp/institute/research/2017/174.html
別居と夫婦関係
ふるりさんは職場女性との相談の結果、1年間という期限付きの別居生活をスタートさせることになる。
お互い少し距離を置き、関係性を見直すいいきっかけになるとふるりさんは考えたが、夫のタツヤさんにとって寝耳に水であり、現実を受け止めることが難しかった。
ふるりさん夫婦のように、別々の場所で暮らすことを選択した夫婦の割合を算出することはできなかったが、家庭内別居(同じ家に住んでいるにも関わらず、会話や顔を合わせることがない状態が続くこと)のデータは見つけることができた。
ノマドマーケティング会社の調査によると、家庭内別居経験者は44%。
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000034.000059676.html
家庭内別居後に離婚した割合は83%。回答を女性に絞ると93%の女性が別居後に離婚を選択している。
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000034.000059676.html
家庭「内」における別居ですら93%の女性が離婚を選ぶのだから、実際に住まいを変えた別居も離婚へと至る可能性が高いと思われる。
タツヤさんは当時(なんでこんなことになってしまったのか?なぜ自分が家のことをやらないといけないのか)と、怒りを感じることもあったという。
一方、ふるりさんは誰にも気を使わないお一人暮らしをエンジョイしていた。
だが、一人暮らしを始める中で、徐々に二人の中で気持ちの変化が現れ始める。
一人暮らしで芽生えた、妻への"感謝”と”リスペクト”
料理、皿洗い、掃除、洗濯。一人で暮らすことはそれら全てを一人で行うことを意味する。
家父長制傾向の高い家庭で育ったタツヤさんにとって、仕事をしながら全ての家事を行うことは戸惑いの連続だった。
だが、徐々に考えに変化が生まれた。
妻は家政婦のように「仕事」だからと淡々と家事をしていたわけじゃないんだ。ぼくのために家事をしてくれていたんだ。ぼくのために料理を、洗濯を、掃除をしてくれていたんだ。妻がこんなにも大変な思いを今までしていたなんて。
妻への感謝とリスペクトがタツヤさんの心に生まれたのだ。
ここで夫婦の家事分担に関するデータを見てみよう。
国立社会保障・人口問題研究所の調査によると、共働き夫婦(ともに正社員)であっても、2時間以上の家事をする妻の割合が73.5%であるのに対し、男性は20.8%のみとある。
https://www.ipss.go.jp/ps-katei/j/NSFJ7/Kohyo/keteidoukou7_gaiyou_20230822.pdf
また、共働きとそうでない場合の男性の家事時間の差は8分しかない。どちらのケースも女性が家事のほとんどを担っている。
https://www.stat.go.jp/info/today/pdf/190.pdf
共働きであっても家事負担が極端に妻に偏っているが、だからと言って妻が夫から感謝と敬意を持たれているかというと、そうではない。
人は原家族(自分が育った家族)の影響を強く受けるため、タツヤさんのように家父長制家庭で育った場合、「妻=家政婦」という先入観を持つ可能性も高い。
では、なぜタツヤさんは妻に対して感謝と尊敬の念を抱くようになったのか?
そのヒントは「夫が妻に尊敬を感じるポイント」にある。
「日本の夫婦 パートナーとやっていく幸せと葛藤」によると、妻の収入が上がるにつれて、妻への共感的態度が上がると言われている。
その非対称の関係は、妻は無職無収入で夫が経済力を一手にもっている場合に顕著で、妻が夫と同等の経済力をもっている場合、夫の共感的態度は強いのです。〜中略〜データを詳しく分析しますと、高い経済力を生み出している妻の社会的活動や努力/能力を夫が認めてのこと、つまり夫が妻を人格的能力的に評価していることが妻への態度を変え、対等で共感的態度をとらせているのです。
共感的態度とは「尊敬を抱く」とも言い換えられる。
夫が妻を「人格的能力的に評価していること」が、尊敬の前提条件となる。では、具体的にどういったシーンがそれにあたるのか?
タツヤさんのケースを見ると、慣れない家事に翻弄する中で妻への尊敬の念が芽生えていることがわかる。
タツヤさんにとって「家事」は別世界の出来事だったはずだ。自分ではない他の誰かの仕事。それが自分のものになった時、その大変さに初めて気がついた。
つまり、妻が上がっていた「家事という土俵」に足を踏み入れることで、妻と同じ世界を見れるようになったのだ。
男女は見ている世界が違うとよく言われるが、違う土俵で戦っていると同じ世界を見ることはできない。同じフィールドに足を踏み入れ、そこで活躍していた妻の痕跡を目にし、尊敬の念を抱くことで、やっとぼくら男性は妻と同じ世界が見られるようになるのだ。
夫婦の数だけ家庭がある。
一年間の別居を終え、二人はまた一緒に暮らし始めることを決意する。
タツヤさんの中から「家事=妻の仕事」という価値観が完全に消えたわけではなく、時にはふるりさんを悲しませてしまう発言もあったが、それでも彼は変わろうとし、実際に行動を起こした。
すべてを振り返り、タツヤさんはこう語った。
「夫婦の数だけ家庭があることがわかりました。ぼくは今まで自分の親の夫婦像しか知らなかった。だけど、家庭の姿というのは、それぞれの夫婦によって変わるんです。この人と一緒にいたいと思うのならば、努力をしないといけない」
タツヤさんは感情の言語化が苦手だった。妻から料理を頼まれてもやらないことがあり、なぜなのかと妻に詰め寄られた。
初めは単に「疲れているからやりたくなかった」と答えていたが、ふるりさんは諦めずに何度もぶつかってきた。
「なんでできなかったのかよく考えてごらんなさい。もっと根っこに何かあるでしょう?」
何度もそう言われ、タツヤさんは自分がゼロから何かを作り出すことが苦手であることに気がつかされた。
そのことを妻に伝えてからは、具体的に何を作ればいいかを妻から教えてもらえ、料理が以前より楽になったという。
自分の気持ちは「認めたくないような恥ずかしいもの」であることもある。だけど、きちんと言語化し妻に伝えることで、理解してもらえ、協力してもらえるようになる。
別居生活を通して、タツヤさんは自分の柔らかな本音にアクセスし、素直な感情を妻とシェアできるようになった。
それは決して簡単なものではないが、自分たち夫婦にとっては必要な行為なのだと認識し、タツヤさんは今でもその努力を緩めることがないそうだ。
夫婦には努力が必要
ワシントン心理学部名誉教授であり、結婚生活研究家であるジョン・ゴッドマンによると、幸福で安定した夫婦は7つの掟を守っているという。
•お互いをよく知り、知ろうとし続ける。
Know each other well, and keep getting to know each other
•お互いに好意と感謝を持つ
Have fondness and appreciation for each other
感情的なつながりのために、離れるのではなくお互いの方を向く
Turn towards each other instead of away, for emotional connection
•お互いの意見を尊重し、チームとして意思決定をする
Respect each other’s opinions, making decisions as a team
•解決可能な問題を解決し、対立を管理する
Solve their solvable problems and manage conflict
•永遠の課題に行き詰まったような瞬間を克服する
Overcome moments of feeling stuck in their perpetual problems
•家族の一員として、シェアする意味を創造する
Create shared meaning, being part of a family together
<Thomas, Michaela. The Lasting Connection: Developing Love and Compassion for Yourself and Your Partner (English Edition) (p.18). Little, Brown Book Group. Kindle 版.>
これらができている夫婦は長続きするわけだが、そういった夫婦に葛藤がないわけではなく、喧嘩することもある。
彼らが完璧な夫婦なのではなく、幸せな夫婦になるための努力をしているだけなのだ。お互いの望みと苦しみに共感する努力を。
イギリスの臨床心理士、ミカエラ・トーマス博士は著書「The Lasting Connection」の中でこう書いている。
Being satisfied and happy in a relationship isn’t about finding someone without a journey of pain and hardship. It’s about owning your own story and having the desire to understand theirs. We don’t find a lasting connection, we build it. Relationships take effort and the satisfaction waxes and wanes like the tides of the ocean.
意訳:
恋愛において満足し、幸せになることは、痛みや苦難の旅なしに相手を見つけることではない。自分自身の物語を持ち、相手の物語を理解しようとする気持ちを持つことだ。永続的なつながりを見つけるのではなく、築くのだ。人間関係には努力が必要であり、海の潮の満ち引きのように満足度は満ち欠けする。
<Thomas, Michaela. The Lasting Connection: Developing Love and Compassion for Yourself and Your Partner (English Edition) (p.16). Little, Brown Book Group. Kindle 版.>
自分に合った完璧なパートナーを見つけるのではない。長続きする夫婦関係は努力なしには手に入らない。
ふるりさんは、「自分たちはここまで(別居)しないと夫婦でいられないのか。気が抜けないな」とおっしゃった。
親密な関係性を築くために必要だった別居期間を「傷」のように感じている。
だけど、夫婦というものはそういうものなのかもしれない。大小はあれど、どの夫婦も関係性に傷跡を残しながら、努力をし続ける。潮の満ち引きのように絶えず変化する満足度に一喜一憂しながら。
自分は何を感じているのか?
パートナーは何を感じているのか?
そこにある痛みは?苦しみは?
そして、二人の望みは?
恥、恐れ、劣等感、罪悪感。さまざまな感情を胸に抱きながらも、自分自身とパートナーに向き合うことを諦めないことが、「恋人から夫婦へ、夫婦から親への変化」の秘訣なのかもしれない。
ふるりさんとタツヤさんに、そう教えてもらったような気がする。関係性を回復されたお二人は子宝に恵まれ、現在、親としての新しいステージを歩まれている。
◇
ぜひ、ポッドキャストとコミックエッセイもご覧になってください。より理解と共感が深まり、あなたの夫婦関係にとってもヒントが見つかると信じています。
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